小説の森を歩く

読んだ本の感想などを、心のままに綴っています。

ある男 (平野啓一郎)

平野啓一郎著「ある男」を読んだ。 単行本の帯に 「愛したはずの夫はまったくの別人だった」とあって、読む前は「どういうことだろう 。面白そうだな」と、あまり深く考えずに思っていた。そして読み終わった 今、 別人という言葉が、なんとなくしっくりこな…

正欲(朝井リョウ)

朝井リョウ著「正欲」を読んだ。 深く静かな衝撃を受け、考えさせられた。 この社会にとって想定内のマイノリティと想定外のマイノリティがある、ということは、これまでほとんど意識していなかった。 「好み」という言葉があるけれど、好きだと思う気持ちは…

誰も知らない夜に咲く(桜木紫乃)

桜木紫乃作「誰も知らない夜に咲く」を読んだ。少し前に(数ヶ月前だろうか)ラジオ番組の朗読でこの作家の、たしか「冬ひまわり」という短編を聞いた。(冬ヒマワリ、又は冬向日葵、かもしれない)その物語が心にしみて、以前読んだこの作家の「ホテルローヤ…

旅する練習 (乗代雄介)

乗代雄介著「旅する練習」を読んだ。 風景描写の多い本だった。タイトルに「旅する」とあるように、目的地までの旅の道程を軸としていて、旅の中で目にする景色が次々と描かれていた。 そのことと関係があるかどうかはわからないのだか、私にとってこの本は…

心淋し川 (西條奈加)

2020年下半期直木賞受賞作品「心淋し川」を読んだ。 時代小説を読むと、人が人を思う気持ちや人生のままならなさは、いつの時代も変わらずにあって、だからこそ物語が生まれるのだな、と思う。 何の変哲もない暮らしの中で、ある日突然、巻き込まれるように…

星の子 (今村夏子)

今村夏子著の「星の子」を読んだ。 以前、デビュー作の「こちら、あみ子」や、短編集の「あひる」も読んでいて、ひょっとするとこの作家は誰も書こうとしなかったことを、或いは書こうとしても書けなかったことを、書いているのかもしれない、と感じていた。…

格闘するものに○ (三浦しをん)

三浦しをんさんのデビュー作「格闘するものに○」を読んだ。 言わずと知れた人気作家である。ご本人がラジオのインタビューで語っているのを聞いたのだが、就職活動の際に出版社を受けたのがデビューの発端だとのこと。筆記試験に含まれていた作文の欄で披露…

誘拐ラプソディー (荻原浩)

2001年に刊行され、2004年に文庫化された荻原浩の小説「誘拐ラプソディー」を読んだ。 文庫の裏表紙に「笑って泣ける」というようなことが書かれていたが、全くその通りで期待に違わず楽しめた。 犯罪に巻き込まれたり、犯罪が絡んだ小説はよくあるけれど、…

海の見える理髪店 (荻原浩)

荻原浩さんの直木賞受賞作「海の見える理髪店」を読んだ。 短編集であるこの本の表題作「海の見える理髪店」を、以前、ラジオの朗読で耳にしていた。それが、この作家に触れた最初の時で、印象があまりにも鮮烈だった。 主な登場人物は理髪店の店主と客の二…

マチネの終わりに (平野啓一郎)

平野啓一郎著「マチネの終わりに」を読んだ。 この作品は2015年から2016年まで毎日新聞に連載されたもので、昨年、映画化されている。 序文で、主人公の二人には実在のモデルがいることを明かし、その上で著者は「他人の恋愛ほど退屈なものはないが、彼らの…

ゴールデンスランバー (伊坂幸太郎)

伊坂幸太郎作、ゴールデンスランバーを読んだ。 初出は2007年で、2008年の本屋大賞と第21回山本周五郎賞を受賞している、ということを今回文庫を手にとって初めて知った。 これまで、この作家の作品は映画になったものを観るばかりで、振り返ってみると小説…

家守綺譚 (梨木香歩)

数年前に一度読み、簡単に言うと「最高」と感じた記憶がある。小説なのだろうけれど、おとぎ話のようなファンタジーのような、それでいて現実的な手触りのある不思議な、でも読んでいると妙に落ち着いた、温かい心持ちになる本だ。 この本の中の好きなフレー…

ことり (小川洋子)

ことりとその歌声を愛してやまない兄弟の物語だった。 兄は10歳のときに、弟以外の誰にも理解できない言葉しか話さなくなる。そして、両親が亡くなったあとは、兄が52歳で亡くなるまで兄弟二人きりで暮らすのだが、慎ましく内向的な生活の中で、小鳥の存在だ…

均ちゃんの失踪 (中島京子)

失踪した均ちゃんの家に泥棒が入った、という状況から始まる表題作を筆頭に、「のれそれ」「彼と終わりにするならば」「お祭りまで」「出発ロビー」と四つの短編が続くのだが、登場人物と時間の流れを共有していて、全体で一つの作品になっている。 最初から…

嫁をやめる日 (垣谷美雨)

図書館で見かけて思わず手に取った。 初めて名前を見る作家だったが、タイトルに限りない親近感を覚え、これは読まなければと思ったのだ。 嫁姑の確執が描かれているのか、モラハラ夫が出てくるのか、それとも予想もしない展開なのかと、親近感の裏側で怖い…

ツバキ文具店 (小川糸)

この本は、友人が大好きな本だと言って紹介してくれたので、ぜひ読んでみたいと思っていた本てす。世の中の情報に疎い私は、NHKでドラマ化されたことも知らずにいましたが、やはり相当話題になった本のようで、図書館で予約したときはかなりの人数が順番待ち…

被写体の幸福 (温又柔)

確か2日前だと思う、NHKの「朗読の時間」にまた出会えた。読まれたのは、おんゆうじゅう作(温又柔と書くことを後で知った)「被写体の幸福」だった。台湾人の女の子が主人公で、幼い頃の祖父との関わりと、成長して日本に留学してからのこととが描かれていて…

沈黙博物館(小川洋子)

今考えてみると、この作家の作品には、舞台が一体どこなのか、はっきりとは判らないものが多かったように思う。 この「沈黙博物館」もそうだった。どこかの村ではあるのだが、日本なのか外国なのか、どちらでもあるようでどちらでもないような、不思議な空間…

間宮兄弟 (江國香織)

この作家は短編集を何冊か読んだことがあったが、長編は初めてだったかもしれない。短編から受けたイメージとして、都会的な、あるいは知的な、または神秘的な大人の女性が登場するような印象があり、どの作品もスマートな雰囲気を纏っていたように思ってい…

にじいろガーデン (小川糸)

家族の物語であり、人生や恋愛を描いた物語でもあった。 出会いというのは、自分の意志でコントロールできるものではないと思う。友達や恋人なら、誰でもいいわけじゃなく、気の合う相手や好きな人を選んで付き合っているのかもしれないけれど、それにしたっ…

ママたちの下剋上

深沢七郎を読んでみようかと思い、図書館で「深沢」の棚を見ていて目にとまった。タイトルからして、一体どんな話かと思ったのだが、何か劇的な展開があるわけではなく、小学校受験に執着する母親たちのことを、子どもはまだいない主人公の目を通して書かれ…

妻が椎茸だったころ

この作家が8年前に直木賞を受賞した「小さいおうち」の文庫本を、表紙に惹かれて買ったのを覚えている。すでに映画化されたあとで、表紙には、うつむき加減の松たか子の横顔と、それを少し離れた所から黒木華が見つめている写真が使われていて、その純朴で従…

異邦人(アルベール・カミュ/窪田啓作訳)

たまには外国文学にも触れてみたいと思いながら、普段はなかなか手を出せずにいるのだか、一昨日図書館に行ったとき、カミュの.「異邦人」を借りてきた。薄かったのと、最初の数ページが読み易かったのとで、読んでみようと思えた。全ての文をすんなり理解で…

青年のお礼

NHKラジオをつけていたら朗読のコーナーがあり、乃南アサの「青年のお礼」という短編を聞いた。朗読を聞くという形で小説を鑑賞するのも、味わい深いものがある。聞き心地の良さはアナウンサーという語りのプロが読み聞かせてくれているからだとは思うが、自…

貴婦人Aの蘇生(小川洋子)

一昨日、小川洋子著「貴婦人A の蘇生」を読み終わった。 小川洋子の描く世界は、いつも穏やかで優しく感じるが、それは描かれている世界そのものが穏やかで優しいから、ではないのかもしれないと気づいた。 どこかにある日常を描くとき、作者はそれを表現す…

山本周五郎中短編秀作選集1 --待つ--

文学賞に「山本周五郎賞」というものがあることを知って以来、いつか山本周五郎の作品を読んでみようと思っていた。それが実現したのが2~3年前だったろうか。 「さぶ」と、ほかにいくつかの短篇(藪の陰など)を読み、なんて美しい小説を書く人なのだろうと胸…