小説の森を歩く

読んだ本の感想などを、心のままに綴っています。

嫁をやめる日 (垣谷美雨)

図書館で見かけて思わず手に取った。
初めて名前を見る作家だったが、タイトルに限りない親近感を覚え、これは読まなければと思ったのだ。
嫁姑の確執が描かれているのか、モラハラ夫が出てくるのか、それとも予想もしない展開なのかと、親近感の裏側で怖いもの見たさが見え隠れしているような、果たして面白く読めるのだろうかとほんの少し躊躇するような、そのくせ明らかに何かを期待しているような気持ちで一頁目を開いた。
すると、いきなり主人公の夫の葬儀の場面から始まり、夫に対して「嫁」をやめるわけではないのだなと、ほんの少しあてが外れたような気持ちになったが、それは本当に一瞬のことだった。夫はもういないのに「嫁としての役割」という名目で、婚家の都合を当然のように押し付けられる主人公が、不本意な状況を抜け出すために悩みながらも少しずつ前にんでいく道筋は、一人の人間の生き方として、読みごたえがあった。不本意な状況を抜け出したいのに、それを不本意と感じてしまうことに自体に罪悪感を抱くのは、その状況を構成している誰かに対する思いやりや愛情のせいなのだ。この物語が、そのことにはっきりと気づかせてくれた。どんなことも、客観視できずに自分の中で転がしているうちは、それの全体像などまったく見えないものなのだと実感した。アメリカに奴隷制度があった頃、その廃止に尽力した大統領の言った、「奴隷として生活している人間は、自ら轡(くつわ)に手を通す」という言葉を思いだした。この言葉と同様に、この本も、今の私を支えるたくさんのものの一つとなった。