小説の森を歩く

読んだ本の感想などを、心のままに綴っています。

心淋し川 (西條奈加)

 2020年下半期直木賞受賞作品「心淋し川」を読んだ。
 時代小説を読むと、人が人を思う気持ちや人生のままならなさは、いつの時代も変わらずにあって、だからこそ物語が生まれるのだな、と思う。 
 何の変哲もない暮らしの中で、ある日突然、巻き込まれるようにして物語の主人公になってしまうこともあれば、当たり前の日常をただ当たり前に送っているつもりでも、その日々がこそが物語だったりもする。そもそも本人にとっては当たり前のことが、他者から見れば非日常である場合は多いものだ。
 この本は連作短編集で、とある長屋を舞台に、そこに住む人々の誰かが一編ごとに主人公となっている。私が特に胸を突かれたのは「明けぬ里」というタイトルの話だ。現代ではあり得ない状況の物語だけれど、同じくらいやるせない思いというのは、今の世にも存在する気がする。この「現代にはあり得ない状況」にくるまれているからこそ、かえって真っ直ぐに伝わってくるものがあって、それが時代小説の魅力の一つなのだろうと感じた。その意味で、最後に収められている「灰の男」もとても読みごたえがあり、罪が存在することの罪ーとでも言いたくなるようなことーについて考えさせられた。