小説の森を歩く

読んだ本の感想などを、心のままに綴っています。

被写体の幸福 (温又柔)

確か2日前だと思う、NHKの「朗読の時間」にまた出会えた。
読まれたのは、おんゆうじゅう作(温又柔と書くことを後で知った)「被写体の幸福」だった。
台湾人の女の子が主人公で、幼い頃の祖父との関わりと、成長して日本に留学してからのこととが描かれていて、短編小説の中に長い時間の経過が含まれていた。そのせいか聞こえてくる言葉に色がついているわけでもないのに、昔の出来事は古い写真のように、現在の主人公は日の光の中に浮かんでくるのを感じながら最後まで耳を傾けた。場面がそのように浮かんだのは、話の中に「写真」が大切なキーワードとなって登場していたことが影響したのかもしれない。
聞き終わって、人を作っているものは何なのだろう、と考えさせられた。
人は自分を表すものをいろいろ持っている。
名前、性別、年齢、顔、国籍、、こうしたものは、でも、その人と他者を区別するための記号やカテゴリーにすぎない。
その人がその人であることを決めるのは何なのか。
以前、といっても結構最近だったが、自分の存在は他者との関わりの中でだけ成立する、という言葉を聞いた。高校の倫理の授業の教科書に出てくるような人物の言葉だった気がするが、たしかに人は、人間以外のものも含めた他者に、どう関わるか、という点においてのみ、自分を表現できるのだろう。「私は赤が好き」という場合、その私は「赤」という他者との関わりによって生まれるのだから。