小説の森を歩く

読んだ本の感想などを、心のままに綴っています。

正欲(朝井リョウ)

 朝井リョウ著「正欲」を読んだ。
 深く静かな衝撃を受け、考えさせられた。
 この社会にとって想定内のマイノリティと想定外のマイノリティがある、ということは、これまでほとんど意識していなかった。
 「好み」という言葉があるけれど、好きだと思う気持ちは理由はなくても成立するわけで(と私は思う)、「好きだから好き」という論理を正当なものと受け取るならば、「嫌悪感」にも理由はいらないことになる。実際「嫌なものは嫌」と言われたら返す言葉はなくなり、相手の「嫌だ」という気持ちを受け入れるしかない。と、私は思うが、そんな私の想定の外にいる人がいてもおかしくはなく、そのような人にとっては「これを嫌だなんて考えられない、どうかしている」となるのだろう。すると同様に「これが好きだなんてどうかしている」となることもあり得ることになる。人の好みを他者がとやかく言うことほど無意味なことはないように思うけれど、人を殺すことが大好きで殺さずにはいられない、という人がいたら、とやかく言うどころの話ではなくなる。人殺しの例は極端だけれど、どこまでを「好み」の範疇として捉えるか、またはどこまでを「よくあること」として捉えるかという点が、既に人それぞれであるのに、それぞれであるからこそ、大多数が描く輪郭のようなものが「常識」と呼ばれてしまうのかもしれない。
 誰もが「他者を理解できないことなど当たり前」という前提に立っていれば、多様性を尊重するのは意外と容易になりはしないだろうか。そして、それが本当に尊重される社会なら、多様性という言葉は不要になるのかもしれない。